安倍内閣が発足して約8ヶ月が経過した。1月末に始まった通常国会は、6月23日の閉幕まで実質1ヶ月余りである。内閣発足以来、総理は教育基本法の改定、防衛省移行など長年の課題を処理したほか、政冷経熱といわれていた中国との関係を改善した。一方、議員の復党問題、閣僚の発言などで、内閣支持率は当初に比べ大幅に下降した。皮肉にも、総理が「支持率のために政治をやっているわけではない」と発言された頃から、ようやく本来の期待された総理の姿勢が見えてきた感がある。
安倍総理は先の小泉総理と比較されるが、単純な判断はできない。小泉総理は「壊す国づくり」であったが、安倍総理は「創る国づくり」である。現に在るものを壊すことは分かりやすいし、時を要しない。「創る国づくり」は、形が見えるまでに時間を要するし、見えないだけに評価されがたい。戦後60年を経過し、憲法をはじめ教育など、国づくりの根本に取り組もうとする安倍総理の政治は、まさに「戦後レジュームからの脱却」を目指す国づくりである。その政治姿勢には大いに共感を覚える。地方集落の崩壊が現実になってきた今日、国の統治機構や国土の在り方などへの取り組みも不可避である。国民には少々不人気であっても、国民を説得し、理解を得る果敢な政治が必要である。
2勝を目指した先の福島・沖縄の参議院補欠選挙は、7月の参議院選挙を考えるとき、自民党にとって厳しい結果であった。統一地方選挙の結果を詳細に見ると、なおさらの感をぬぐえない。勝敗もさることながら、問題は投票率が漸減傾向にあることである。世界にはまだまだ投票権さえ与えられず、政治への注文の術を持たない国民がいる。わが国は、海外在住者、出張者へも投票の機会を与え、期間前投票を容易にするなど、一人でも多くの国民の意思を政治へ反映させるべく努力してきた。にもかかわらず、せっかく勝ち取った投票権の行使をいとも簡単に放棄する国民がいる。政治は外交や税制などの国民生活全般にかかわっている。自分自身の人生、子孫の将来をも規定する。過去10回の参議院選挙の投票率は、衆参同日選挙の70%台を除けば、今回の補欠選挙の投票率は福島県56.7%、沖縄県47.8%である。政治に携わるものは、政治に対する不信感の表れであると受け止めなければならない。
自民党は国民の意見を徴し、政策の具体化を図るため、朝8時から幾つもの部会や調査会を開いている。さらに昼や夕刻からの勉強会など、政策立案への研鑚を積み重ねている。おそらく他の政党も大同小異であろう。しかしこんな姿はほとんどメディアに紹介されることはない。茶化された政治番組が溢れ、国民はそれがあたかも真実かと見まがっている。世論に迎合し、世論を煽る発言をしたり顔である評論家も珍しくない。しかし評論家といわれる方々が、己の主張の誤りに責任をとったということを寡聞にして知らない。
7月の参議院選挙も、幾多の争点があるにもかかわらず、低い投票率が危惧される。憲法や消費税あるいは教育、福祉などについて、自民党と他党との考え方には大きな隔たりがある。なのに政治は、誰がやっても同じとか、生活は変わらないという。明確な主張を示さぬ無党派とか支持政党なしという人たちは、政治をどうしようと言うのだろうか。一体どんな主張を持つ人達なのだろうか。これらの人たちは、既存の政党の政策に、己の考えを見出せないということだろう。だからと言って自ら同志を糾合する勇気もない。サイモン元米財務長官は「悪い政治家をワシントンへ送り出すのは、投票しない善良な市民たちだ」と皮肉っていたという。投票所へ足も運ばない有権者には、投票権を制限すべきではないかとさえ考える。1票1票の積み重ねが政治の方向を決めていくことを考えるとき、一人でも多くの有権者が投票権を行使されるよう希望してやまない。